選挙に行きましたか?

皆さん、選挙にはいかれたでしょうか?
野暮な質問かもしれませんが、、、
正直な私の考えを書くと、この国に期待することはほぼ無くて、
ただこの国で生きるために必要なことはするので税金関係も
きちんと収めています。
日本に住むから、ただそれだけのことです。
国に求めることは、基盤を強くすること。
それはつまり、生きていく上で最低限必要になる土地(大地)、
食べ物、水質、これらをひっくるめた環境への配慮と再生という
点について、この国は基私はもっと作っていかねばなりません。
だって、健やかに生きていく、健やかな身体でいる、最低限の健康を
は皆が平等に得られるものであると思うし、それがあって初めて仕事
や家事育児ができるでしょう?
健康第一、とはよく言ったものです。

1人の力は無力だと感じる日々

私一人が影響力をもてる範囲なんて、高が知れていて
小さい範囲でしか直接的な影響力なんか持てないはず。
でも、それでいいんです。
1人の力が大きすぎるというのは和を乱します。
その人がいたら大きく速く回るけど、その人がいなくなった途端に
歯車が回らなくなるのでは、機能不足も甚だしい。
無力に感じるくらい周りに溶け込み、過ごせている
これは自然界の摂理にマッチしているのではないかと思います。
なんか目立つこと、周りにチヤホヤされること、そうされると存在
意義を感じやすいかもしれませんが、その他が無くなったときにも
その存在意義を感じられるものになっていなければ危険信号。

オーガニックとがんケアの融点を見出したい

ある親しい人が、長いこと闘病しています。
うつらうつらと寝てしまうような様子がテレビ電話で見られていたから
その人に会いに行ったとき、どうかなぁと思いながら久々に対面。
純国産のアルニカマッサージオイルを持ち込んで、手と足と頭を
お手当程度にマッサージしてあげました
私がいる間は、ずっと起きていてくれて、会話もできて、質問もして
くれて、ちょっと頑張らせてしまったかもしれません。
「生きている」時間を共有できた喜びが膨らむのと同時に、
この痛みや苦しみ、安らぎさえも生きているからこそなんだよと、
そんな想いを手に乗せてお手当てしていました。
私には本当の意味ではシェアしてあげられない、その人の辛さ、
それに蓋をするのでもなく、生きるのだという強要をするのでもなく
寄り添うということ
できたかな
できたんじゃないかな
「今、ここに在る」という空間をシェアすることに努めた1時間ちょっと
生に終わりはないから「また明日ね」と声をかける
1人のヒトが生を全うすること
その根幹にはオーガニックがあると信じる気持ちが強くなるエピソード
でもあり、これからもっとオーガニックとがんケアというものについて
真剣に発信していこうと覚悟を新たにした日でもありました。
また明日、と言える幸せを噛み締めて
私は今日も、その人に「またね」と言おう。