手術痕のための「入浴着」貼り紙‐無視と無関心の違い
無視と無関心の違いってどこからくるのでしょうか?
先日、とある温泉宿で日帰り温泉にいってきたのですが
そちらの女性浴場で「入浴着」についての説明書きを見かけて、乳がんに限らず手術痕の残るような手術を受けられた方が大浴場で着用するものであり、当施設ではそのようなものの使用を受け入れていますよ、理解を深めていきましょう、というようなことが書いてありました。
とても優しい配慮に心が温かくなる一方で
そのようなことが書かれていると、入浴着を付けている人は乳がんやその他の重篤な病気の経験者(かもしれない)ということを公表されている気持にもなりそうだなと感じてしまったわけです。
帝王切開という場合もありますから一概に”病気”ということは言えないですけれどね。
このような啓蒙活動はした方がいいし、私はとても良い取り組みだと思うのですが、何となくの違和感は、このようなことを説明しないとクレームでも出るのだろうか?と考えてしまった点にあります。
説明をしないでも共通理解が広まる方法はあるのだろうか?
まだその段階でないから、やはりこのように施設が積極的に啓蒙することに意義があるのでしょうね。
例えば、私は先月行った4つ星ホテルで、ある乳がんサバイバーと同行していました。
彼女は大浴場に入る時に当たり前のように入浴着を着用して入っていました。
彼女が言うには「私は気にしないのだけど、見た人がびっくりしたら悪いから」と。さも当然というような明るい口調でした。
そのようなことがあったあとで別の施設では貼り紙があるのを目の当たりにして、素晴らしい!という想いと説明しないと、分からないのが一般的なのかという寂しさが共存した感じ。
知らないというのは恐ろしいことなのですが、
知らないのは仕方のないことだとして。
日本は他と異なることに異常に反応する傾向があります。
乳がん治療による手術痕は、たしかに目立ちますよね。
人間だもの視界に入ったときに視線を一瞬向けてしまうことはあると思うのです。
見た方も見られた方も、そのあとの反応が如何様であるか。
大浴場で手術痕を見かけたら、
知識・経験・想像力のある人は分かった上で「無視」をする。
「無関心」だった人はもしかしたら、ぎょっとしてしまうのだろうか。
この場合の無視は温かさでもあるような気がします。
しかし、無関心であった場合にはそれがどのような反応として出るか未知ですよね。
無関心というのは冷たさの極みであると感じます。
がんサバイバーの皆さんは、大浴場や人目に触れる場でどのような経験をされたことがありますか?
このような啓蒙活動はもっと盛んになることを望まれますか?
その場合にどのような方法が安心できると感じられますか?
入浴着を着用しています、などもDMやコメントで教えていただけたら嬉しいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。